Mission 5
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
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「お疲れ様。大変だったね」 夜間警備員が解散し、あとは数人を残すことになった世界樹広場。その中の一人であるタカミチは、リベリオンをギターケースに仕舞い込んだダンテに労いの 声をかけた。 彼は振り返ると、いつも通りの皮肉な笑みを浮かべながら肩を竦めた。 「そうでもないさ。それなりに楽しめたしな」 「まったく。刀子さんとの手合わせをゲームなんて言うのは君だけだよ」 「そうか?」 手合わせをなんてことないように話すダンテと、そんな彼の余裕を見て苦笑するタカミチ。そんな気さくに話し合う二人に、一つの影が近づいていった。 「あの……」 後ろから声をかけられたダンテが後ろを向くと、自分のクラスの生徒が立っていた。それも昨夜に剣を交わした少女剣士――――刹那だったので、彼はタカミ チとの会話を中断させて彼女に向き直った。 「どうしたお嬢ちゃん?」 お嬢ちゃん呼ばわりされて少しムッとする刹那だが、今は別の理由で来たのだと言い聞かせる。 「き、昨日はろくに話も聞かず斬りかかってしまい、あの、その……申し訳ありませんでした……」 そう言って、刹那は礼儀正しく頭を下げた。 昨夜の邂逅の後、応援に来た神多羅木に保護された彼女はとても話を聞ける状態ではなかった。故に、その日は一先ず女子寮に送り届けられて体を休ませるこ とになった。 翌日、早朝から学園長室に呼び出された彼女は、自分が見た男の特徴、戦闘のスタイルを事細かに伝えた。容姿、言動にいたるまで事細かに。 その報告を聞いた学園長は彼女に労いの言葉をかけると、後の調査はこちらがするから何も心配はいらないと言って教室に帰した。しかし彼女がそれで安心す るわけもなかった。何しろその男 は自分の正体に感づいたのだ。どこから自分の正体がバレるかと、その日の午前中はやきもきとした気持ちのまま過ごすことになった。 それが一変したのが帰りのSHRでのこと。その日に着任する副担任を紹介するという話だったので席に座って待っていたのだが、驚いたことに教室に入って きたのは件の侵入者、ダンテだったのである。その時は思わず大声を上げそうになったが、何とか堪えることができたのは奇跡としか言いようがない。彼も刹那 に気がついたようで、一瞥された時は何を言われるか気が気ではなかった。幸いなことに何も言われなかったが。 SHRの後にすぐ学園長室に直行して学園長を問い詰めると、彼は学園長が雇った便利屋で、身元も確かであると告げられた。何故教えてくれなかったのかと 尋ねると、学園長はその理由を教えてくれた。 実のところ、彼女から報告を受けた時点で、彼はその正体不明の男がダンテであることに気が付いていたと言う。身の丈ほどの大剣を振り回す赤コートの銀髪 外国人など、彼以外に有り得なかったからである。 そこで学園長は一計を巡らす。警備員達にダンテを紹介するまで、この事実を隠しておこうと。 彼を雇うことを決めた時点で、警備員達に受け入られるのは難しいと思っていた。伊達に長く関東魔法協会の長の座にいたわけではない。下の者がこの場合どう いった反応考えることなど知り尽くしている。加えてダンテはあの性格なので、警備員達との衝突は避けられないことは明白だった。 そう考えた学園長は一計を巡らせる。ダンテが侵入者を撃退したという事実を今夜まで警備員達に伏せようと。そして自己紹介の時に彼の実力を見せ、その上 で昨日のことを話せば、警備員達も納得せざるを得ないだろう――――と。 学園長に理由を聞いた刹那は、理屈では納得できるものを感じながらも、感情では納得することなどできなかった。警備員ならばまだ良い。だが外部の人間を 雇うだけでなく、2-Aの副担任に任命してお嬢様に近づけさせるなど正気とは思えない、と。故に、先程の手合わせでダンテの本当の実力を見極めようとした のだ。 ところが、彼は魔法先生と遜色ない実力を見せつけた。それも手合わせとは言え、自分が師事していた葛葉刀子をあしらうほどの実力を。 お嬢様に近付けるのは今でも反対だが、警備員としては信用しよう。そう自分を納得させた彼女は、まず昨夜のことを謝らなければならないと思い、こうして 頭を下げに来たのだった。 「構いやしないさ」 しかし、ダンテはそんなことを根に持つ狭量な人間ではない。気障な笑みを浮かべると、別に気にしてないと言って肩を竦めた。 「ですが……」 しかし、刹那はそれでは自分の気持ちが納得しないと食い下がってくる。自分の非があればちゃんと謝りに来るあたり、彼女は根が真面目な良い子だというこ とが分かるが、少し融通が利かないのが欠点だ。 そんな彼女の性格を担任なだけあって分かっているのか、横から二人を傍観していたタカミチが助け船を出した。 「刹那君。ダンテが気にしないと言ってるんだ。気にするだけ損だよ」 「は、はぁ……」 担任の進言に、刹那は間の抜けた声を出す。 「おいおい、タカミチ。そいつは悪かったな。気にする必要もないってか?」 ダンテの皮肉を籠めた言葉に、別にそういうわけじゃないよ、とタカミチは苦笑を浮かべながら否定する。そんな遠慮のない軽口を叩き合う二人のやり取り を、刹那は呆と眺めていた。 「それにしても……」 一通り軽口を叩くと、ダンテが急に真顔になって視線を上――――世界樹に向けた。 「お前はどうしてそこにいるんだ?」 「――――ほう、よく気が付いたな」 ダンテの問いに、鈴を転がすような声が答えた。 その言葉を合図に枝木の影から姿を見せたのは、金色の髪を腰以上に伸ばした小柄な少女、2-Aの生徒エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだった。そ の隣には、同じクラスの生徒である絡繰茶々丸の姿も見える。 「エヴァ、君も来てたのかい?」 タカミチが珍しいものを見たかのような顔でエヴァを見る。付き合いが長い彼にしてみれば、彼女がこういう場にわざわざ赴くわけがないと思っていたから だ。 そんな彼の内心が読み取れたのか、彼女は眉に皺を寄せて眼を細める。 「ふん、じじぃに呼ばれたからな。仕方なくだ」 「フォフォフォ、警備員ならばお主と顔合わせぐらいせんとな」 学園長は髭を擦りながら笑った。 ただ、エヴァは口では仕方なくと言ったものの、実際は学園長が高級茶菓子を餌に呼び出したというのが本当のところなのだが。 二人との会話を終えた彼女は、ダンテを尊大な表情も隠さずに見下ろした。 「改めて自己紹介といこうか、先生……いや、ダンテ・レッドグレイヴ。とんだ茶番劇だったが、なかなか面白いものを見せてもらったぞ。たかが手合わせと は言え、刀子をあしらうとはな」 そう居丈高に語るエヴァは、寒さの厳しい一月でありながら露出度の高いゴスロリファッションだった。茶々丸も何故かメイド服を着ている。並べてみると、 二人はまるでお嬢様とその従者といった様子だ。事実、二人は真に主従関係を結んでいるのだが。 当然そんなことを知らないダンテは、二人の格好を不思議そうに眺めながら尋ねた。 「そんなことより、大丈夫か?」 「?」 ダンテの問いにエヴァは怪訝な表情を浮かべる。彼の顔には心配そうな感情が見て取れる。何か心配されるようなことをした覚えがないので、彼女は首を傾げ た。 もしや計画を感づかれたかとも思ったが、彼が着任してからは魔力補充を行っていないので、知っているはずがない。そもそも、学園長にさえ気付かれずに計 画を進めてきたのだ。彼が知り得る可能性は全くないと言ってもいい。 ならばどういう意図の発言かと彼女が考えていると、ダンテは嫌味ったらしい笑みを浮かべた。 「ママに黙って夜遊びとは感心しないな。お子様はネンネの時間だぜ?」 「な……!」 隣にいた刹那が焦った顔でダンテを見た。エヴァの正体を知る彼女にしてみれば、彼の挑発じみた発言は無知が生む無謀であり、まさに自殺行為としか思えな かったからだ。 しかし、もう口に出してしまったことは覆らない。彼の言葉を聞き、頭の中でその言わんとするところを理解したところで、エヴァは額に青筋を浮かべた。 「――――ほう、よく言った。まさかこの私にそんな言葉を吐く命知らずがいようとはな」 怒り心頭といった様子で彼を睨みつけるエヴァ。その冷徹な双眸がダンテを射抜くと同時に、刹那は両者のいる空間の温度が急激に下がっていくように感じ た。 「怒るなよ。ちょっとした冗談だ」 しかしエヴァの威圧にもまるで無関心なダンテは、余裕綽々の笑みを浮かべて鋭い視線を受け流す。その様子を間近で見ていた刹那は、何時彼女の怒りが爆発 するかと冷や冷やしていた。 現在はあることが原因でその力を失っているとはいえ、かつては裏の世界でその名を知らぬ者はいないとまで言わしめた大魔法使いである。たとえ知らなかっ たとしても、その人物をしてお子様呼ばわりする彼の胆力に、彼女は呆れると同時に感心してもいた。 「冗談だと?ならば言う相手を間違えているぞ。『闇の福音』、『禍音の使徒』、『不死の魔法使い』と呼ばれ恐れられた、このエヴァンジェリン・A・K・ マクダウェルになぁ!」 両腕を目一杯に広げ、何か効果音でも聞こえてきそうなくらいの決めポーズを決めるエヴァ。これ以上ない決まり文句に若干恍惚とした表情を浮かべている。 その後ろでは茶々丸が無表情のまま控えているためか、余計それが強調されていた。 一つ誤算だったのは、裏の世界の便利屋であるダンテの知識が、悪魔に関するそれに偏っていたことだろう。 「知らないな」 知らないという一言で片付けられ、エヴァはギャグ漫画のようにずっこけた。当然彼女が立っていた場所は枝木の上であり、いくら巨大な樹木といえども足場 は狭い。よって、足場から足を滑らせた彼女は世界樹から落ちてしまった。 突然のことで浮遊術を使うことを忘れていた彼女は、地面の激突を予感し目を瞑る。相当な高さがあるため、もしそのまま地面に激突すれば大怪我は免れない だろう。 しかし、その心配はなかった。丁度彼女の落下地点にいたダンテが易々と受け止めたのだ。彼女は衝撃が思ったよりなかったことを不審に思い、そろそろと目 を開く。 そこに映ったのは、目一杯の気障な笑みを浮かべたダンテの顔だった。 「な、ななな!?」 「ワォ、随分とカワイイ雨が降ってきたもんだな」 そう言ってダンテは空を見上げた。だが映るのは大きく枝葉を広げる世界樹と、腰部と脚部の噴射口から火を噴いてゆっくりと下りてくる茶々丸の姿のみで、 空自体はほとんど見えない。そもそも女の子が降る天気などあるわけがなく、その所作が彼の皮肉の籠もったジョークであることは明白だった。 また、普通なら茶々丸の腰部と足に噴射口が付いていることにも驚くべきだが、彼は別段驚くこともなく受け入れていた。今日のSHRで、彼女が既に人間で はないと分かっていたからだ。彼にしてみれば、関節部分や耳のセンサー、後頭部の手巻き型のネジを見て誰も疑問に思わなかったのかと逆に不思議がっていた くらいだ。 彼女が下りてきたのを見届けると、彼は腕に抱いたエヴァを彼女に差し出した。 「ほら、落とし物だぜ。今度からは手を繋いでおくことをお勧めするね」 いまだに現状が飲み込めずに若干パニックに陥っているエヴァを差し出された茶々丸は、一瞬戸惑った様子を見せたが、暫くすると素直に受け取り律義に頭を 下げた。 「……ありがとうございます、先生」 状況を掴めないエヴァはわたわたしていたが、ようやく抱き上げられている状況に気が付き抗議の声を上げる。 「ちゃ、茶々丸!こんな奴に礼を言う必要はない!」 「ですがマスター……」 そう言いながら茶々丸はエヴァを下ろす。ようやく自分の足で立った彼女は、グルリと勢いよくその小さな身体をダンテに向け、怒鳴り散らした。 「大体何だ貴様は!この私を知らんだと?この闇の福音を!」 大声で喚き散らすエヴァに対し、ダンテは首だけ横に向けて隣にいたタカミチに尋ねた。 「で?このお子様の言ってるのは本当なのか?」 「そうだね。全て本当のことだよ」 タカミチはダンテの問いに正直に答えた。 彼が言うには、エヴァンジェリンと言えば魔法使いの間では誰もが恐れる真祖の吸血鬼で、魔法世界では『闇の福音』、『人形使い』、『不死の魔法使い』、 『悪しき音信(お とずれ)』、『禍音(かいん)の使徒』、『童姿(わらしべすがた)の闇の魔王』などの様々な異名を持ち恐れられていた最強の魔法使いらしい。現在は無効に なっているが、かつては六百万ドルもの懸賞金が懸けられていた賞金首だったようだ。 「何でそんな奴がここに?」 当然湧いてくる疑問をダンテが尋ねると、どうやらナギ・スプリングフィールドという魔法使いによって捕らえられ、ここ麻帆良学園に連れて来られたらし い。しかも厳重な封印で力の大半を封じられているため、ほとんど害がないのだという。 「なるほどね。どうりで生意気なガキだと思ったら……」 「誰がガキだ!私はお前より年上だぞ!」 そう言って小さな体を使って怒りを表現するエヴァ。その姿はまさに子供そのもので、先程とのギャップにダンテはつい吹き出して大笑いしてしまった。 「笑うな!」 「だってお前……ムキになって喚くところなんて、まんまガキじゃねぇか」 二人が言い争う――――エヴァが一方的に喚き散らしているだけだが――――のを、学園長とタカミチが眺めている。その中で、刹那は彼女をからかって遊ぶ ダンテの横顔をジッと見つめていた。 |
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