Devil May Cry 
〜伝説の魔剣士と英雄の息子〜


Mission 4
ダンテVS葛葉刀子







4/





 ダンテが教師になって初めて迎えた夜、世界樹広場にて。麻帆良学園の夜間警備員が一堂に会して、彼の登場を待っていた。

 彼が昨日から麻帆良学園都市に入り、今日から中等部で教鞭を執っているという情報は警備員達には既に入っており、特に初日から大遅刻しても悪びれる様子がなかったという事実に中には憤然としている者もいた。

 そうして約束の時間がじきに過ぎようかという頃、世界樹広場へ通じる道の一つから彼はギターケースを持ってやって来た。その足取りは軽く、これからすることに対する不安などないように見て取れた。

 「フォフォフォ。今度は時間通り来たようじゃの、ダンテ君」

 学園長が昼間のことを茶化すように言うと、ダンテはやおら眠たげな眼を彼に向けた。まだ起きて間もないといった風で、時間ギリギリになったのはそれが原因なのだろうと容易に想像することができた。

 「それで?俺は何をすればいいんだ?」

 しかし、当の本人は学園長の問いかけに何も応えず、無駄な話は御免だと言わんばかりに言い放った。

 面倒臭そうにかぶりを振るダンテに相変わらずじゃの〜と苦笑すると、学園長は左手でちょいちょいと手招きする。

 「まあこっちに来なさい。まず君をみんなに紹介をせねばの」

 学園長はそう言うと、集まった警備員達の前にダンテを連れてきた。

  そして彼が警備員達の顔を見渡すと、多種多様な人物が見て取れた。彼らのほとんどは教師であるものの、人種は多岐にわたっている。また、教師以外にも明ら かに学生であろう少年少女がおり、中には彼の担当するクラスの生徒も交じっていた。そこに視線を固定すると、一人は顔を逸らし、もう一人は軽く会釈を返 す。その全く正反対な態度を見て、ダンテは口元を微かに緩めた。

 「皆の者、先日通達していた通り、彼を新しく夜間警備員として雇うことにした。女子中等部におる者は知っていよう。ダンテ君じゃ」

 ダンテはアメリカで便利屋として活動しており、裏の仕事、特に悪魔に関わる案件を引き受けている相当の実力者だということを学園長は説明する。

 しかし、警備員達の表情は決して穏やかなものではなかった。彼のふてぶてしい態度に反感を抱いたのもあるが、それ以上に外部から警備員を雇うということ自体に納得がいかなかったのである。

 夜間警備員は、表向きは生徒の夜遊びの防止、裏では外部の侵入者から貴重な魔法書などを守るために組織された。今までもそうやってきたし、これからもそうだろう。人員が足りないということは決してない。

 それなのに何故、学園長はわざわざ外部の者、しかも『立派な魔法使い』でもなんでもないただの便利屋風情を雇ったのか。今日までの夜間警備に自負を持ってやってきた彼らからしてみれば、自分たちのプライドを傷つけられたと感じても無理はない。

 そんな彼らの気持ちを学園長が分からないはずはない。だからこそダンテを紹介し、互いの溝を埋めるためにこの場を設けたと言っていい。

 そのために学園長がちょっとした策を巡らせていたのだが、それは後に判明することになる。

 「これで彼の紹介は終わりじゃ……が、皆の者も彼の実力が分からんと警備がやりにくいじゃろう。戦力の把握は重要じゃからの。誰かに手合わせを願いたいと思う。誰かおらんかの?」

 そう言って警備員達の顔を見回すと、その中の何人かがお互いの顔を見渡した。

 ダンテを警備員として認めることなどしたくないが、学園長が直々に連れてきた人物がただの無能だとは思えないし、このまま認めなければせっかく連れてきた学園長の顔を潰すことにもなりかねない。

 たとえ手合わせでも負けたくはないという気持ちが、自ら手を上げることを躊躇わせていた。

 すると、今まで一言も発せず黙っていたダンテがおもむろに口を開いた。

 「ったく、めんどくせぇ」

 ダンテの呟きが世界樹広場にひどく大きく響いた。

 彼が苛立ち紛れにそう呟いてしまうのも無理はない。世界樹広場に呼び出されたこと自体気が乗らなかったのに、本人の了承なしに手合わせすることになり、しかもその相手がなかなか決まらずに時間だけが無駄に過ぎていく。不満が口から漏れてしまっても仕方ないというものだ。

 だがしかし、いくら相当数の人が集まってざわついているとはいえ、世界樹広場は静寂の中にあると言っていい。そんな状況で一言でも発すれば、それが警備員達の耳に届くのは道理だった。

 全員の視線が彼に集まる中、彼は隣にいる学園長を見下ろしながら言った。

 「おい爺さん」

 「フォ?」

 麻帆良学園最強の魔法使いに向かって何という物言いかと、一部の警備員が視線を厳しくする。しかし、その視線もダンテには効果はなく、相変わらずの人を食ったような態度で話しを続ける。

 「俺に選ばせな」

 「フォフォフォ、君にかの?」

 学園長が不思議そうな表情でダンテを見つめた。

 「このままちんたら待ってたら日が昇っちまう。だったら俺が選んだ方が手っ取り早いだろ?」

 警備員達の心中を知ってか知らずか、ダンテが皮肉を口にする。その言葉にムッとするも、事実であるが故に誰も言い返さない。いや、言い返せない。言い返せば、ならお前がやれと返されるに決まっているからだ。

 「まぁ良いじゃろ。君の好きにしなさい」

 どうやら学園長は、ダンテにこの場を任せることに決めたらしい。一歩下がって事の推移を見守ることにしたようだ。

 彼の了承を得たダンテは、手合わせの相手を探すために警備員の顔を眺めてみせる。そして、一通り見終えた彼が指を差したのは――――

 「私ですか?」

 ――――麻帆良学園高等部教員の葛葉刀子だった。

 「何故私を選ばれたのか、お聞きしても?」

 「あんた、剣士だろ?俺も剣を使うんでね。ちょっとしたゲームには丁度いいと思わないか?」

 ダンテの視線が刀子の手に握られた白木拵えの太刀に向けられる。確かにその通り、彼女は京都神鳴流の使い手であった。

 手合わせをゲームと断じる彼に内心反感を抱いた刀子であったが、冷静沈着な部分がそれを表に出すことなく押し留める。

 「それだけですか?」

 ダンテの挑発とも言える発言に何も思わないわけではなかったが、刀子はそれをおくびにも出さず尋ねる。

 「そうだな……」

 ダンテは背負ったギターケースを降ろすと、それを杖にしたまま顎に手を当てて思索のポーズをとった。それもすぐに解くと、皮肉気な表情から一転し刀子に流し目を送る。

 「ダンスってのは、男と女で踊るもんだろ?」

 「?」

 あまりに脈絡のない話を始めたダンテに、刀子は訝しげな視線を向ける。自分を選んだ理由を尋ねたのに突然ダンスについて語り始めれば、そんな視線になるのも無理のない話だが。

 「その方が見栄えも良いし、何よりこっちにもやる気が出る。それは手合わせだろうが変わらねぇ」

 次第に大仰な身振りになるダンテ。

 「まぁ、つまり――――」

 そこまで言って、ダンテは刀子を見つめた。その意味ありげな眼差しを受けて、彼女はようやく理解した。

 「――――どうせならイイ女と踊りたい。そう思ったからさ」

 そう言うダンテの口調は、まるで口説いているかのようだった。いや、言葉を額面通りに受け取るならば、臭い芝居にでも出てきそうな口説き文句に聞こえるだろう。彼の発言に、元々悪かった周囲の雰囲気はさらに悪化する。

 もちろん、刀子はその言葉を真に受けることはしない。初な少女でもあるまいし、そんなことで動揺するなど彼女の沽券に関わるからだ。

 と同時に、彼の挑戦的な表情に刀子は察する。この男は、自分を下に見ている、と。先程のダンス発言もそうだ。彼にとって、手合わせだろうが何だろうがゲームと変わらないのだということを。

 「……いいでしょう。あなたの言うゲームに付き合ってあげます」

 「いいね。やる気が出てきた」

 ダンテはニヤリと笑うとギターケースのファスナーを下ろし、その中に手を突っ込む。そして引き出された物の威容に、周囲はにわかに騒ぎ出した。

 何しろ、その剣は異様だった。

 一つの鉄塊から削り出したかのように鈍く輝く大剣。その鍔に見えるは、二本の角を持った髑髏の装飾。そこから微妙な曲線を描いて伸びる、長大な両刃の刀身。そして、そこから発せられる並みの魔剣・妖刀など及びもつかない凄まじいまでの魔力。

 その禍々しさを体現したかのような様相に、彼らは震えた。

 しかし疑問は残る。これほどの魔剣を一介の便利屋が持っていていいはずがない。学園長曰く相当の実力者らしいが、ダンテの名を彼らは聞いたことがない。かの『紅き翼』や『四音階の組み鈴』とまではいかなくとも、少しくらい魔法使いの間で話題に上っても然るべきなのにだ。

 一体学園長が連れてきたこの男は何なのだと、警備員達は興味深深と彼を見つめていた。

 「フォフォフォ、ではルールを決めるとするかの。勝敗はどちらかが参ったと言うか、ワシが一本と判断したもののみとする。それでよいかの?」

 「はい、それで構いません」

 「いいからとっとと始めな」

 刀子とダンテは学園長に見向きもせず、お互いに睨みあったまま返事をする。彼らの闘志が漲り、張りつめた空気が広場を包んだ。既に他の警備員達は退避し ているので、号令があれば二人はすぐさま剣を交えるだろう。それを分かっているからこそ、その場の誰もが口を閉ざし、二人の試合を見守ることにした。

 学園長が無言で手を上げ、そしてそれを振り下ろす。

 「――――始め!」

 その瞬間、二人は裂帛の気合とともに激突した。





                   ◇





 先手を取ったのは刀子。一直線に疾走し、踏み込みと同時にダンテの逆胴に鋭い居合いを放つ。その速さは昨夜の刹那を凌ぎ、彼女の方が実力は上であることを如実に示していた。

 しかし、ダンテはリベリオンを地面に立ててその居合いを受け流そうとする。刃と刃がぶつかりギャリギャリと火花を散らすが、難なく一太刀を防いだ。

 今度は彼が反撃に出る。太刀を振り抜いた彼女の隙をつき、手首の返しを利用して胴にリベリオンの刀身を叩きつけた。その流れには一切の無駄がなく、並みの相手なら斬って捨てる速さである。

 されど彼女もさる者。そんなことは分かっていたというかのように、返す刀でリベリオンを迎え撃つ。が、太刀を砕かれると思ったのだろう。剣のことを何も知らない魔法生徒は、声にならない悲鳴を上げた。

 確かにリベリオンほどの切れ味と頑強さをもってすれば、細身の太刀はたちまち折られてしまうだろう。刀身の幅・厚みを考慮すれば当然の結論だ。無論、彼女もその程度のことも分からない阿呆ではない。

 そこで彼女は太刀を横に寝かせ、斬撃の軌道に限りなく近付けることで刀身を滑らせると同時に、太刀に気を纏わせることで強化を図る。その結果、彼女はリベリオンの軌道を逸らすようにして躱し、斬撃は彼女の頭上を通り過ぎた。

 その隙を好機と見たのだろう。彼女の攻撃がダンテを狙う。隙だらけの胴に、彼女の左斬り上げが奔った。

 完璧なタイミング。彼の体勢はリベリオンを振り切ったことで大きく崩れ、無防備な胴体を晒している。寸止めはするが、このまま振り切れば間違いなく直撃するだろう。以外に呆気ないなと思いながら、自身の勝利を確信した。

 しかし、その確信は水泡のごとく消え去った。

 一際甲高く響いた金属音。 胴体を薙いだとは思えぬ音に、そして目の前で起きた出来事に彼女は凍りついた。

 ――馬鹿なっ!?――

 刀子の表情が驚愕の色に染まる。彼女が振るった太刀。それが眼前で止まっている。否、止められている。止めているのは言うまでもない。リベリオンが太刀の一撃を押し留めているのだ。

 予想だにしなかった光景に彼女の思考は停止した。おそらくその時間は一秒となかっただろう。だが、その僅かな隙は彼女にとって致命的だった。

 彼が大剣を振り払うと、鍔競り合っていた彼女の太刀が腕ごと後ろに弾かれた。相当な剛力だったのだろう。両手から太刀が離れそうになる。太刀を離すまいと指に力を込めて何とか離さずに済むが、そのせいで彼女の体勢が崩れ、反撃の余地を与えてしまった。

 彼の振り払った大剣が天を衝き、一瞬止まる。次の瞬間、稲妻のごとき唐竹割りが彼女の脳天に襲いかかった。

 「〜〜〜っ!!」

 防御は不可能。脳で考えるより直感的に理解した刀子は、先程弾かれて左足を下げた半身のまま右に跳ぶ。その僅か後にリベリオンの上段が通り過ぎ、広場の石畳を粉々にした。

 予想以上の威力に、彼女の額に冷汗が浮かぶ。仮に気を篭めた太刀で受け止めようとしていたら、脳天から股下まで太刀ごと一刀両断されていただろう。自身の無惨な最後を想像して、彼女は少し気分が悪くなった。

 ただ、仮にも手合わせなので太刀が折られたところで彼はその剣を止めていただろうが――――

 辛くも右に跳んで躱した彼女は、今度は踏み止まった右足を蹴って再びダンテに向かった。その間に太刀を両手で握り込み、そのまま袈裟を放つ。突進の速度も加算して繰り出されたそれは、先程繰り出された唐竹割りと同等の速さで彼を襲った。

 しかし、彼は難なくそれを迎撃した。同じく放った袈裟が激突し、金属音を響かせる。胴を放てば胴、逆胴ならば同じく逆胴を、彼女の攻撃に合わせて迎撃していく。

 そうして激しく打ち合いながら、彼女は先程の攻防を思い返していた。

 二合目の胴の一撃を躱した後、ダンテの体勢はリベリオンを振り抜いた影響で既に死に体だった。体勢を整えていたと考慮しても、間違いなく彼女の太刀の方が速いはずである。にも関わらず、大剣が太刀の一撃を止めていた。それの意味するところは――――

 彼女の太刀が薙ぐより速く大剣を切り返した。これ以外に考えられない。

 どうして想像できようか。自分が持つ太刀の何倍もありそうな重量の大剣を、それ以上の速さで振るうなどと。まるで信じがたい話だ。

 力では敵わない。そう判断した彼女は無意識の内に抱いていた侮りを即座に捨てた。もはや様子見などしていれば足元を掬われてしまう。

 そうと決まれば、やることは一つ。

 彼女がそう決断を下すと、太刀を弾かれた反動を利用して間合いを取り、その間に素早く太刀を納刀する。彼が自分から攻めてこないことを見越しての判断で ある。そして、その判断は正しかった。彼はこれ以上ない笑みを浮かべ、次は何をしてくるのかと楽しみで仕方のないような顔をしている。

 ――なら見せてあげましょう――

 「はっ!」

 地面に着地したと同時に、刀子は首元を狙って居合いを放つ。高速で放たれたそれを、ダンテは漫然と上体を逸らして躱した。否、躱してしまった。

 ガッ――――!

 その瞬間、ダンテの顎に重い一撃が響き、彼の顎が跳ね上がった。

 顎をかち上げられながら、彼は見た。刀子は太刀を振り切っている。肝心なのは、左手に白木拵えの鞘が握られ、その先端が眼前に突きつけられている点にある。

 そう、太刀の居合いは陽動であり、本命は鞘による左斬り上げの一撃だったのだ。上や横の攻撃に慣れ切っていた彼は、まんまと下からの一撃を受けてしまったのである。

 だが、彼女の攻撃はそれで終わりではない。ようやくできた隙を見逃さず、すぐさま胴を薙ぎ払った。

 けれども、彼はすぐに後退しようと地面を蹴る。それもただ後退するだけでなく、リベリオンを横に凪いで彼女を斬りつける。そのことで彼女の踏み込みが甘くなり、お互いの切っ先は相手に届くことなく終わった。

 そうして二人の距離が開き、世界樹広場に刹那の静寂が戻る。たった数秒の間に行われた攻防にギャラリーは眼の色を変え、対峙する二人を見た。

 「ふむ……確かに学園長が推薦するだけのことはある」

 その中の一人、夜中にも関わらずサングラスをかけた髭面オールバックの男性。魔法先生の一人である神多羅木は、二人の戦いを見て唸った。

 「そうですね。あの葛葉先生と正面から打ち合えるなんて……」

 「だが、葛葉君も彼も本気ではないようだ。お互いに様子を見ていると言ったところかな」

 神多羅木の論評に、同じく魔法先生の瀬流彦とガンドルフィーニが同意する。

 葛葉刀子は魔法先生の中でも武闘派で、こと接近戦においてはタカミチに次ぐ強さを誇る。最後に押されたものの、彼女と見事に打ち合ったダンテの実力を警備員達は認めざるを得なかった。

 「なかなかやりますね。よく最後の一太刀を躱したものです」

 刀子は素直に称賛の言葉を贈る。それが直接剣を交わした彼女の正直な気持ちだった。

 彼女は使う剣の重量の差から、速さはこちらにあると考えていたからである。それが一太刀目を受け止めたかと思えば、その勢いを利用して反撃に出る狡猾 さ。まだ彼女は本気を出してはいなかったものの、もしあと少しでも自分の剣速が遅かったなら、二合目で彼の斬撃をいなすことができずに、太刀ごと斬られて いただろう。

 その後の二合目も凄かった。胴を受け流した後の左斬り上げを、彼はそれ以上の速度をもって迎撃した。攻撃後の隙だらけの状態からである。いくらなんでもデタラメだ。

  それだけに、不意打ちの鞘を彼の顎に打ちつけた時、彼女は柄にもなく勝ったと思った。顎は人体の急所であり、脳が揺さぶられれば普通の人間は立つこともま まならない。いや、下手をすれば顎が砕かれてもおかしくない。仮に耐えきったとしても、返す刀の二撃目を交わすことは不可能だと思われた。

 しかし、ダンテという男は顎の一撃を食らったからといって致命的な隙を晒すほど軟な体ではなかったらしい。顎の攻撃をものともせず、後方へ離脱することで躱したのだ。しかも躱しながら追撃させないよう牽制するという周到さ。油断のならない男だと彼女は思った。

 だが、彼女の称賛の言葉も今の彼にとってそれはどうでもいいことだった。

 「なんてこった!」

 全員が視線を向けると、ダンテは自分のコートの端を摘み、その部分を見てワナワナと震えていた。彼は完全に刀子から視線を外している。本来ならば問答無 用で斬りかかるところだが、あくまで手合わせの中で実力を見るのが目的なので思い留まる。それに何かトラブルが起きたのかもしれないと思い、事の推移を見 守った。

 そして次に言ったことは――――

 「俺の一張羅が!コートはこれしかないってのに!」










 ――――無残に切り裂かれたコートの心配だった。










 だああっ!と全員が腰を抜かす。何かと思えば破れたコートの心配とは、どう考えても緊張感が足りない。刀子は頭が痛くなるのを感じながらダンテを怒鳴りつけた。

 「な、何を馬鹿なことを言っているのです!手合わせの最中なのですから集中してください!」

 「馬鹿なこと?ハッ、冗談キツイな。この前新調したばかりのコートがこれだぜ?愚痴の一つも言いたくなるってもんだ」

 見れば、確かにダンテが摘まんだコートの端の部分がばっさりと切り裂かれている。これではとても着れたものではない。

 「とにかく!今は手合わせをしているのですから、コートのことは後にしてください!」

 刀子らしからぬ怒声が広場に響く。彼女は既に太刀と鞘の二刀流の構えをとっており、小手調べは終わりとばかりに闘気を放っている。次にダンテが茶化すようなことを言うのであれば、即座に懐に飛び込んでその体に怒りの一撃を叩きつけるだろう。それほど彼女は苛立っていた。

 一方で、その様子を見ていた魔法先生達は唖然としていた。常に冷静沈着を主としてきた彼女が、ダンテにいいように振り回されて冷静さを失っている。特 に彼女と一緒に仕事をこなすことが多い神多羅木や、麻帆良に来て以来彼女の師事を受けてきた刹那には驚きが大きかったことだろう。

 刀子の冗談は許さないという気配を感じたのだろう。ダンテはコートを摘まむ手を離してゆっくりとリベリオンの切っ先を向け、わざと挑発的な視線を彼女に寄越した。

 「――――コートの代償は高くつきそうだな」

 ダンテが最後まで言い切るか言い切らないうちに、刀子が消える。次の瞬間には、彼女は『瞬動』によってダンテの視界外――――左側面に現れていた。

 瞬動とは、気または魔力を足に集中させて移動することで、まるで瞬間移動したかのような錯覚を与える歩法術だ。彼女ほどの熟練者になれば、入りと抜きの隙をなくして本当に瞬間移動したかのように見せることも可能であり、その速さは昨夜の刹那によるそれを凌駕する。

 彼に反応する余裕さえ与えずに懐まで潜り込んだ刀子は、太刀を胴に凪ぐ。完全に出遅れた彼はどうにかリベリオンを割り込ませて斬撃を防ぐが、咄嗟に受け たせいか防御が崩れ、その間隙を縫うかのように次の鞘による打突を鳩尾に食らって吹き飛ばされた。ただ致命打となるほどのダメージはなかったのか、彼は数 メートル後方に下がっただけで体勢を立て直す。

 それでも彼女の猛攻は終わらない。瞬動で即座に追いすがると、今度は右斬り上げを狙う。

 彼はそれをリベリオンで受け止めるや否や、目一杯上体を逸らす。すると彼の頭部があった場所を、視界外から迫ってきた鞘による袈裟がけの一撃が襲ってきた。鼻先を鞘が掠めていくのを横目で見ながら、彼は笑った。

 「ハァッ!」

 今度はこちらの番だと、刀子の連撃を躱したと同時にダンテがリベリオンを逆胴に振るう。

 彼の剛腕で振るわれた斬撃は直撃すれば対象を一刀両断する威力があるが、当たらなければ意味がない。それをしゃがむことでそれを回避した彼女は、上体を起こした勢いを利用して切り上げの二刀連撃を放った。

 すぐさま彼は紙一重の差で一歩足を引いて躱す。高速で通り過ぎる斬撃にゾクリとしたが、彼は久しく感じてなかった緊迫感にますます気分が昂っていくのを感じた。

 「イイね!ヤバい女は嫌いじゃない!」

 「戯言を!」

 軽口を叩きながら剣を振るうダンテと、それに世迷い言と切り捨てる刀子が幾度となく剣を打ち合わせる。その速度は凄まじく、美しく舞う二人を中心に剣の嵐が吹き荒れる。もしその場に迂闊に飛び込めば、瞬く間に切り刻まれるだろう。

 何合打ち合っただろうか。魔法生徒達は十合も迎えぬうちに切っ先を見失い、魔法先生達も予想より激しい打ち合いに息を飲む。

 既に手合わせという範疇を超えた剣戟は、いまだに終わる気配を見せなかった。

 だが――――

 「Blast off(吹っ飛べ)!」

 打ち合いが百を過ぎた頃、ダンテが初めて放った斬り上げが刀子をガードごと吹き飛ばす。腕をかち上げられた隙を彼が見逃すはずがなく、すぐさま接近して空中 に打ち上げられた彼女を蹴り飛ばした。偶然にも鞘が緩衝材となり衝撃を逃がしたものの、彼女は十メートル以上吹き飛ばされる。

 「がっ!?はあぁ……!!」

 交通事故に遭ったかのごとく後方へ吹き飛ばされた刀子は、四肢を使って地面を転がりながら、何とか体勢を立て直した。さらなる追撃に備え、即座に前を睨みつける。

 しかし、追い打ちをかけてくるダンテの姿はない。そこには地面に蹲る彼女を悠然と見下ろし、リベリオンを肩に担ぎ仁王立ちする悪魔狩人の姿しかなかった。

 「ヘイ、まだやるかい?」

 ダンテは芝居がかったアクションで刀子を挑発する。彼としても、人の身でありながら洗練された腕前を持つ彼女との手合わせを、ここで終わらせるのは勿体ないと思っていたのだ。

 だが、彼女には既に分かっていた。この手合わせは自分の負けだと。

 今回の手合わせのルールは、どちらかが参ったと言うか、学園長が一本と判断したもののみである。あくまで手合わせなのだから、殺傷能力を持つ神鳴流の奥義等は使用できない。となると、彼女は純粋な剣技のみでダンテに参ったと言わせなければならない。

 しかし、先ほどから彼女の鞘による打撃は何度か当たっているが、一本を取られる可能性がある太刀の攻撃は悉く躱している。しかも直撃した攻撃によってダ メージを与えた様子もない。つまりは効いていないのだ。これでは何時まで経っても参ったと言わせることはできないだろう。

 また、身体能力も劣っている。彼女は女性でありながらも男性に負けないぐらいの鍛錬を積んできたつもりだ。それこそ、そんじょそこらの魔法先生にも負けないほどに。

 それでもなお、彼と比べると圧倒的に身体能力が劣っていた。

 彼女の気を込めた打撃を食らってもピンピンしている頑強な肉体。身の丈ほどの大剣を太刀と同じ速さで振り回す凄まじい膂力と速さ。そして、彼女が軽く息 を乱す なか、何時までも疲れを見せることのない底なしの体力。まるで強大な妖怪でも相手にしているかのよう。そう思わせるほど彼は化け物染みている。

 ただ、それは手合わせでの話。実践ではこうはいかない……と半ば言い訳じみたことを内心でぼやきながら、彼女は肩の力を抜いた。

 「――――学園長」

 「何じゃ、刀子君」

 「参りました。もう結構です」

 戦闘開始から一言も口を開かずにいた学園長に、刀子は自身の敗北を認めた。

 彼女が告げた突然の敗北宣言に、ギャラリーはザワザワと騒ぎ出す。それも当然で、最後に均衡が崩れたものの、彼女はまだ余力を残しているように見えたからだ。それがこのタイミングで降参するのは納得がいかないと思ったのだろう。

 だが一度彼と戦ったことがある刹那には分かっていた。どうして彼女が負けを認めたのか。そして、彼女にそう思わせるほどの実力を見せつけたダンテの強さを。

 ギャラリーの中へ戻っていく刀子の背中に、学園長が声をかける。

 「フォフォフォ、彼は強かったじゃろ?」

 「はい。それはとても」

 妙な意地を張るような虚栄心もないので、刀子は正直に答えた。

 その答えに満足したのか、学園長はフォフォフォと笑う。

 「そうじゃろそうじゃろ。何せ昨日の侵入者を倒してくれたのは、他ならぬダンテ君なんじゃからの」

 さらりと重要なことを言う学園長に、刀子を含め思わず全員が瞠目した。

 昨夜の警備の隙を突き、多数の鬼が侵入したという報告があった。出現エリアは麻帆良女子寮。つまりは学園長の孫を狙っての犯行である。実は半年ほど 前から、侵入者によって貴重な魔法書が眠る図書館島を中心に襲撃が増えていたので、一月前から人員をそちらに割くことにしていた。そこを狙われたのである。 おそらく最初から彼女を誘拐するために、侵入者達は何カ月も前から計画を練っていたのだろう。

 召喚した術者――――後に関西呪術協会の手の者と判明する――――に関しては警備員である龍宮が捕らえたのだが、魔法先生に引き渡した際に彼は妙なことを言っていた。曰く、召喚した鬼は何者かによってすぐに消滅させられたというのだ。

 誰も応援に向かうことができなかった状況を考えると、その何者かは警備員ではないイレギュラーである可能性が高い。そのために術者の取り調べと並行して その人物を捜索することになっていた――――のだが、まさかそれが学園長の招請したダンテだったとは、彼らは露ほども思ってなかった。

 「あなたが侵入者を?」

 「まあね」

 刀子の問いにダンテはどうでもよさそうに答えた。まるで礼を言われるようなことではない、とでも言うかのように。

 実際、彼がいなくとも何とかなった可能性は高い。術者は早々に捕らえられたし、召喚された鬼は数だけは多いが程度の低いものばかり。刹那一人でも倒しきるのは難しいことではなかった。

 しかし警備員達にとって見れば、ダンテは学園長の孫の危機を救った恩人であり、しかも自分達警備員のミスの尻拭いをしたということになる。たとえ彼らがミスしたわけではなくとも、侵入者に謀られたのは事実。

 これにより、ダンテに対する不平不満は完全に封じられたのである。





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