Mission 3
副担任、ダンテ・レッドグレイヴ
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麻帆良学園都市が昼を迎え、誰もが昼食を食べようと動き出した頃。女子校エリアにある麻帆良女子寮の一室でもぞもぞと蠢く人影があった。 その部屋は管理人室。一昨日までは管理人はおらず、女子寮の半ばデッドスペースと化していた部屋である。本来ならば誰もいるはずのない部屋。しかし、昨日からそこに住みついている者がいた。 つい最近まで空き部屋だったからだろうか。閑散とした室内は埃っぽく、カビのような据えた臭いが漂っている。室内の片隅にはギターケース、クローゼットには赤いコートがかけられ、床には食べてそのままにしたのかビール缶やピザの箱が散乱していた。 それら以外は何もない寂しい部屋の隅に、ぽつんと置いてあるベッド。その上にダンテがいた。彼は大きな欠伸を一つすると、 緩慢な動きで上半身だけを起き上がらせる。本来ならば、今頃は麻帆良学園で教師として授業に参加しているはずであったが、どうやら完全に寝過してしまった ようだ。 ベッドから起き上がった彼は、まず学園長から仕事用にと貰った携帯を開いた。この携帯ディスプレイに表示されている時計は、午後一時より少し前を指して いる。教員達への自己紹介もあるために午前七時半には出勤しろと学園長は言っていたが、その時間はとうの昔に過ぎ去っていた。 次に着信履歴を確認すると三十分ごとに連絡があったらしく、着信履歴の欄が学園長の携帯番号でびっしりと埋まっている。最後の着信を確認してみると、ちょうど五分前にも連絡があったようだ。 留守電メッセージもいくつか残っていたが、どうせ閉口するようなメッセージしかないだろうと思い、ダンテは一つも聞くことなく携帯を閉じた。 彼はベッドから起き上がると、まずはシャワーを浴びることにした。彼は昨夜の戦闘が終わって帰ってくるなりコートだけ脱いで寝てしまい、汗を 流すことをしなかったのである。大した運動ではなかったとはいえ、飛行機に搭乗してから今まで一度もシャワーを浴びていないというのは、不精な彼も我慢でき るものではなかった。 軽くシャワーを浴びた彼はいつも通りの格好に着替えると、銀の装飾を施されたアミュレットを首にかけた。ベッド脇に無造作に置かれた携帯をポケットにし まい、部屋を後にする。ちなみにカギはかけていない。盗まれるような物がろくに無いということもあるが、デビルメイクライでも鍵をかけずに外出していたの で、つい癖で忘れてしまったようだ。 こうしてダンテの初出勤は、麻帆良学園創設以来の大遅刻として、後々まで語られることになるのであった。
◇
「困るよダンテ。初日から遅刻するなんて」 「悪い悪い。緊張して眠れなくてよ」 全くそんな風には思っていないといった態度で、ダンテはタカミチに謝った。 あの後、昼をとうに通り越した午後二時過ぎに学園長室に着いたダンテは、学園長に遅刻したことについて散々小言を言われた。それは当然だ。初日からこれほどの大遅刻をやらかせば、彼にお叱りを受けても致し方ない。 しかし、その際に昨夜の件を報告すると、一転して彼はダン テに礼の言葉を述べてきた。話を聞くと女子寮には学園長の孫が住んでいるらしく、侵入者も彼女を狙って麻帆良に侵入したのだとか。それを未然に防いでくれたダンテに、彼は大 層感謝していた。 その後、ようやく中等部の職員達に彼の着任のあいさつをすることになった。着任初日から大遅刻をやらかした彼に職員は訝しげな視線を向けるも、これから同じ職場で働くということでほとんどの教員に受け入れられた。のだが…… 「それにしても、新田さんは大したものだね。さすがの君もタジタジだったじゃないか」 そのことを思い出したのか、タカミチは声を殺して笑った。 そう、ただ一人だけ、ダンテと決定的にそりが合わないであろう人物がいた。学園広域生活指導員の新田先生である。彼はダンテににじり寄ると、常に生徒の模範でなければならない教師が初日から遅刻するのは何事かと説教を始めたのだ。 それに対し、ダンテが先程タカミチに返したような口を利いてしまったのが運の尽き。彼の気のない返事が新田の怒りを買い、さらに苛烈な説教を食らってしまう。自業自得とはいえ、彼は新田に苦手意識を持ってしまったのだった。 まあ、真面目を絵に描いたような性格の新田と不真面目を絵に描いたような性格のダンテは、まさに水と油だ。遅かれ早かれ、いずれこうなる運命だったのかもしれない。 「おいおい、勘弁してくれ。これからもあのおっさんにどやされるかと思うとやってられないぜ」 それこそ冗談ではないと、ダンテは肩を竦めた。 「ははは。でも新田さんは良い先生だよ。そうは思わないかい?」 「……まあな」 タカミチの言葉にいったん間を置いて、ダンテは同意した。いきなりの説教には辟易したが、あれは彼のためを思ってこそ出た言葉であり、新田が嫌味でそうしたのではないことは分かっていた。 そういえば婆さんにもよく小言を言われてたっけかと、ダンテは育ての親だったあの人を思い出して神妙な気持ちになった。 そんなことを考えていると目的の教室に着いたのか、タカミチはドアの前で立ち止まった。それを見て彼も足を止める。2-Aと記された教室名を見やり、彼はそれを確信する。 「さて、これからショートホームルームがあるわけだけど、覚悟はいいかい?」 「覚悟とは怖いな。お前のクラスはそんなに悪ガキばかりなのか?」 タカミチの脅しともとれる発言に、ダンテは怪訝そうに隣を歩く彼を見た。 昨日の彼による広域指導員としての手腕を見ているが故に、彼にすら手なずけられない生徒がいるのかと思いダンテが尋ねてみるが、彼自身がそれを否定する。 「いや、みんないい子だよ。ただね……」 その後の言葉が続かないタカミチ。気になってもう一度尋ねると、彼は少々言いづらそうに口を開いた。 彼が言うには、2-Aの生徒達は元気が良過ぎるらしい。ただその元気が度を越していて、時には彼でさえ手がつけられなくなることがあるようだ。 彼がそう言うのなら相当なものなのだろう。ダンテは納得する。 そんなことを話しているうちに、2-Aと書かれたプレートを掲げた教室が見えてきた。中から女子生徒達の姦しい笑い声や、何故か轟音も聞こえてくる。 タカミチに視線を向けると、彼は小さく「だろう?」と呟いた。確かに、ダンテが予想していたよりも騒々しいクラスのようだ。 手はずではダンテを先頭に二人が教室に入り、自己紹介をした後にいくつか質問を受けることになる。彼が質問とは何なのかと尋ねたところ、2-Aには噂が 大好きな自称『麻帆良のパパラッチ』と呼ばれる生徒がいるらしい。その生徒なら、まず間違いなく彼に根掘り葉掘り質問をしてくるのは間違いないのだとか。 自分のことを探られるのはあまり好きではなかったが、どうせ子供のやることだと割り切って、彼は引き戸に手をかける。そのドアの上に挟まれた黒板消しを、彼は見ないことにした。 ドアをガラリと開くと、当然のことながら黒板消しはストッパーを失い、彼の頭に落下してくる。それを知っている彼は、一歩前に出ることで余裕を以って躱してしまう。 しかし、それはあくまで陽動。床すれすれに仕掛けられたロープが足に引っ掛かり、彼は体勢を崩してしまう。そのロープの先に繋がったバケツが頭上から勢いよく落ちてくるのを見た時、教室の中にいた双子はイタズラが成功したことを確信し、ニヤリと笑った。 「ハッ」 だがそうは問屋が卸さないのがダンテだ。彼は短く息を吐き出すと、崩れた体勢から右足を振り上げる。その足先を上手く使って取っ手に引っ掛けると、次の瞬間には難なく床に置いて見せた。少し水滴が零れ落ちたものの、水の大部分は中に残したままである。 予想してなかった光景にポカーンとする2-A一同。その視線を気にすることなく、彼は入り口のタカミチを睨んだ。 「おい、タカミチ。こうなると分かってたんなら何で最初に言わなかったんだ?」 「いや、まぁ君がイタズラに引っ掛かったら面白いだろうなぁと思って……」 「ハッ……残念だったな。俺の情けない姿を見れなくてよ」 軽口を叩き合う二人を尻目に、2-Aのメンバーは揃って声を上げた。 「ええええええええええええええええ!?」
◇
「あー……今日からお前らの副担任になる、ダンテ・レッドグレイヴだ。担当は英語。まぁ、あくまで担任はタカミチだから、俺はついでだと思ってくれればいいぜ」 そんなやる気のない声で自己紹介をするのは、コートだけを脱いだダンテだ。彼は教壇に上り、教卓に手をついて教室を見渡している。 「では、これから質問タイムだ。何か聞きたいことがあれば手を上げなさい」 タカミチが言うと、早速一人の生徒が勢いよく手を上げた。朝倉和美と名乗った生徒は、何時の間に出したメモ帳を広げ、ダンテに質問を始める。 年齢に始まり、出身地や日本に来た経緯、趣味や恋人の有無などを聞いてくる。恋人に関しては何人もの女性と付き合ったが、その度に振られていることを暴 露され、それを聞いたタカミチに笑われてしまうということがあった。その頃には、ダンテのフランクな性格や、その顔に似合わずストロベリーサンデーが好き だという意外な一面を聞き、生徒達は彼を受け入れ始めていた。 「もう終わりでいいか?」 「うん、もう十分情報も集まったし……おっと!この手の質問をするの忘れてたよ。危ない危ない……」 朝倉はシャープペンシルで頭を掻くと、最後の質問も投げかけた。 「先生って何人家族なの?兄弟とかいる?」 私達と同年代の弟がいたら紹介してくれると嬉しいなぁ、と軽い気持ちで尋ねてくる。 しかし、その一言はこれ以上なくダンテの心を揺さぶった。彼にとっての家族とは、苦い記憶の象徴と言えるのだから。 彼の脳裏に浮かぶのは、恐怖を生み出す土台にて別れたたった一人の兄弟。 “――お前は行け。魔界に飲み込まれたくはあるまい。俺はここでいい。親父の故郷の、この場所が――” 急に神妙な顔で黙り込んでしまったせいだろうか。ふと気付けば、生徒達が怪訝そうな顔でダンテを見ていた。 彼は内心の動揺を悟られぬように短く息を吐き出すと、微かに笑みを浮かべながら答えた。 「あぁ悪い。四人家族で、兄が一人いる」 「へえ、何歳上の?」 「同じだ。双子だからな」 「双子?鳴滝姉妹と一緒かぁ……」 和美はダンテの心中も知らず、情報が手に入ったと呑気な調子で喜んでいる。その様子を呆と眺めながら、彼は廊下側の席に目を向けた。 教壇に上がった時に真っ先に目に入った、特徴的なサイドポニーテールの少女。それは間違いなく、昨夜に彼と剣を交わした少女だった。 タカミチがダンテのために作成した英語表記の出席名簿を見て確認したところ、彼の少女は桜咲刹那という名前だった。写真の下に剣道部所属と書いてあり、 そのさらに下には、タカミチの字で『京都神鳴流』と記されていた。昨夜に彼女の見事な剣さばきを見ているダンテは、どうりで剣筋がしっかりしていたわけだ と納得する。 彼が出席名簿からふと目を離してチラリと刹那を見ると、当の彼女も同じだったのか目が合ってしまい、慌てて目を逸らした。それは当然だ。昨夜に敵とみなして斬りかかった男が、翌日に教師 として自分のクラスにやってきたのだ。思わず彼を見つめてしまうのは仕方なく、また目が合えば気まずくて目を逸らしもするだろう。 ただそれだけではない。彼女以外にも、ざっと見ただけで濃厚な魔の匂いを強く残した金髪の少女や、おそらく彼と同類であろう色黒の女性観察するような目で 彼を見る中華系の少女や、興味深深といった様子で視線を向けてくる者もいる。果てはどう見ても人間ではない、ロボットと思わしき生徒もいるのだ。 ――ハッ……これは退屈しそうにないな―― 随分と個性的な面々が集まったクラスが集まっていることが分かると、ダンテは楽しみで仕方ないという風に呟いた。 |
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