Devil May Cry 
〜伝説の魔剣士と英雄の息子〜


Mission 1
ダンテ、麻帆良に来訪す







1/





 寒さの厳しい一月の寒空の下、正午を迎えた麻帆良学園都市中央駅。麻帆良学園都市の玄関口とも言われる駅のホームに、一人の男が降り立っていた。

 日本では人目を引く銀髪、深紅のコートにギターケースを背負った大柄の男。言うまでもなくダンテである。彼は依頼人である近衛近右衛門なる人物に会うた めに、飛行機や電車などの交通機関を乗り継いでここまでやってきたのだ。

 依頼人の話では迎えを寄越すという話だったが、いつ到着するのかも伝えてないのに迎えを寄越すとはどういうことなのか、ダンテには理解できなかった。携帯を 持たず、公衆電話に使う小銭すら準備してなかった彼が言うのも何なのだが。

 まあ依頼人が言うならばそうなのだろうと結論づけると、迎えが来るまでの間、彼はレンガ造りの柱に寄りかかりながら周囲をゆっくり眺めることにした。

 ヨーロッパの街並みを再現したであろう街並みは、彼が『デビルメイクライ』を構えるスラム街と違い、清潔の一言に尽きた。また、街を歩く人々の活気に満 ち溢れた喧騒も新鮮に感じられ、彼を飽きさせることはなかった。これが朝の通学ラッシュの大混雑中であれば、彼の反応もまた違っていたであろうが。

 後日、彼は朝の通学ラッシュを目の当たりにして驚き目を丸くすることになるのだが、それはまた別の話。

 「君がダンテ君かい?」

 五分ほど待っただろうか。後ろから英語で話しかけられ、ダンテはのろのろとした動きで振り向いた。そこに三十代中頃だろうか。髪を短く刈り、眼鏡 をかけ無精ひげを生やした男性が柔和な笑みを浮かべて立っていた。

 「あんたは?」

 「ああ、すまない。自己紹介が遅れたね。僕はタカミチ・T・高畑。タカミチって呼んでくれ」

 そう言うと、タカミチはダンテに右手を差し出した。アメリカの流儀に合わせたのだろうか。握手を求めてきたので、彼は当然のようにタカミチの手を取り握 手を交わした。

 「色々聞きたいこともあるだろうけど、今は学園長に急ごう。歩きながらになるけど……いいかな?」

 暗に、聞きたいことがあれば道中で聞けと言っているらしい。そのことに別段不満はなかったので、ダンテは笑みを浮かべながら答えた。

 「オーケー、その方が退屈しなくてすみそうだ」











 麻帆良学園中等部への道すがら、ダンテは隣を並んで歩いているタカミチにそれとなく目を向けた。

 タカミチ・T・高畑。麻帆良学園中等部の英語教師にして、関東魔法協会所属の魔法使い。彼が道中で語ったのは、そんな取り留めのない、しかし重要な情報 だった。助っ人とは言え、外部の人間にあっさりと自分が魔法使いであることをバラす辺り人が良いのか、それとも楽天家なのか、ダンテには判断がつかなかっ た。

 だがそれよりも、彼が魔法使いだと知らされたことで、ダンテの心の中で渦巻いていた疑問が再燃していた。

 ――……早過ぎるな――

 ダンテが駅に到着してからわずか五分。事前に到着時間を伝えたわけでもなく、到着の連絡をしたわけでもない。にもかかわらず、タカミチの迎えはまるで到 着時刻を初めから分かっていたかのように正確だった。もし事前に搭乗する飛行機の時間を知っており、そこから逆算して大体の到着時間を割り出したのなら分 からなくもないが、ダンテは腹ごしらえに一度ファーストフード店に寄っている。そこまで織り込み済みで時間を調節したとは考えにくい。

 おそらく魔法を使って足取りを追っていたか、もしくは成田空港到着時点から尾行でもしていたか。 もし後者だとするなら、彼は只者ではないだろう。ダン テの研ぎ澄まされた五感にも気取られずに尾行するほどの手練となれば、それは並み大抵の腕前ではない。

 少し訊いてみるかと、丁度女子中等エリアに入ったところでダンテは初めて口を開いた。

 「なあ、一つ聞いてもいいか?」

 「何だい?」

 これまで道すがら見える施設の説明をしていたタカミチは、突然の質問にも嫌な顔をせず快く応じた。

 「さっき迎えが妙に早かった気がするんだが……まさかあんた――――」

 尾けてたんじゃないだろうな?と尋ねるも。

 「ははは、違うよ。君が学園に入ってきたのが分かっただけさ」

 タカミチはやんわりと否定した。

 「分かる?」

 タカミチ曰く、麻帆良学園都市には全域を覆うように魔法による結界が設置されており、外部からの侵入者を防ぐ仕組みになっているらしい。また、仮に侵入 されたとしてもその異常を探知することができ、迅速な対応が可能なのだとか。

 流石は数千人の魔法使いを有する学園都市。外部からの対策は万全といったところか。

 「なるほどね……」

 ダンテが思っていたより、麻帆良学園の防備は固かったらしい。胸の前で腕を組むと、右手で顎を擦りあげながら唸った。

 「分かってもらえて何よりだ……っと、着いたよ。ここが麻帆良学園中等部の校舎さ」

 そうこうしているうちにたどり着いたのは、レンガ造りの趣ある建物。そう、ここがダンテの仕事の舞台となる場所、麻帆良学園である。

 校舎に入っていくと、二人は学園長室に向かった。その途中、昼休みを迎えたであろう生徒達が廊下を駆けていく。当然ここの教員であるタカミチに挨拶をし ていくのだが、その隣を悠然と歩くダンテに目を向けては困惑していた。留学生や外国人の教師の多い学校だが、赤コートにギターケースという、学校に似つか わしくない彼の恰好に違和感を覚えたらしい。その場は黙って通り過ぎていくも、友達とヒソヒソ話しているのが振り返るまでもなく感じられた。

 そんなことがありながらも、二人は学園長室の前までたどり着いた。タカミチがノックをすると、中から「入ってきなさい」と老齢を感じさせる声が聞こえて きた。

 「学園長、失礼します」

 扉を開けて先に入っていくタカミチに続き、ダンテもつかつかと中に入る。

 まず目に入ったのは、二脚の来客用ソファとテーブルが一台。さらに両側には書棚が並び、ガラス戸越しに本が確認できる。日本語表記なので内容は分からな い。

 そして最後に目についたのは、部屋の奥に鎮座する年代を感じさせる書斎机。そこに座る老人こそ、今回の仕事の依頼人である近衛近右衛門……のはずなのだ が――――

 「ダンテ君を連れてきました」

 「うむ、御苦労じゃったの高畑君」

 タカミチがそう報告すると、近衛学園長は彼の労をねぎらい、そのやや後方に立つダンテに視線を向けた。

 「初めましてダンテ君。ワシの名は近衛近右衛門じゃ。遠路はるばる、よく来てくれた。歓迎するぞい」

 近衛学園長は歓迎の言葉を贈る。しかし、それに対してダンテは何の反応も返さなかった。アイスブルーの瞳を学園長に向けたまま、沈黙を貫いている。

 何か一つぐらい反応があるものと思っていた彼も、流石におかしいと感じたのか戸惑いがちに尋ねた。

 「ど、どうかしたかの?」

 そこでようやく目が覚めたとでもいうかのようにダンテは身じろぎすると、学園長の問いには応えず、視線をタカミチに向けた。

 「タカミチ」

 「な、何だい?」

 タカミチも学園長と同じように戸惑いがちに応えると、ダンテは右手を顎に添えて考え込むような仕草をする。その所作は訊いていいのか、それとも訊いては いけないのか悩んでいる様子である。しかし それも刹那のことで、彼は改めてタカミチに視線を向けた。

 ダンテは一呼吸の間を置くと――――










 「この学校は人外を学園長にしてるのか?」










 ――――まるでその質問が当然であるかのように言い放った。

 「……は?」

 ダンテの無遠慮な質問に、タカミチはあんぐりと口を開けながら彼を見つめた。

 「いや、どう考えてもおかしいだろ、それ。どうなってんだよ爺さんの後頭部は。まさか頭蓋骨もその形なんて言うんじゃないだろ?」

 確かにダンテの疑問も尤もだ。学園長の後頭部は、明らかに通常の人間の頭部を逸脱している。ダンテは知らないだろうが、見た目は七福神の三徳を司る福禄 寿、妖怪で言うならぬらりひょんで通用するような容姿である。当の本人には気の毒だが、初対面の人ならば誰でもそう思うだろう。

 「い、いや……学園長はちゃんとした人間?だよ?うん、その……きっと……ね?」

 タカミチもフォローするが、なにぶん自信がなさそうな答え方のせいで、全くフォローになっていない。

 唯一の味方である彼からも見放されたせいで、学園長は指で机にのの字を描いていじけてみせた。

 「なんじゃいなんじゃい……二人して年寄りをいじめおって……」

 暗い雰囲気を纏う学園長と、それを慌てて慰めるタカミチ。そんな様子も、ダンテは気に留めることはなかった。

 それにしても、彼はまるで悪びれていない。普通なら謝罪の一つでもありそうなものだがそれもせず、学園長の落ち込みようにも全くの無関心。完全に無視し ていると言ってもいい。普通なら学園長の怒りを買ってもおかしくなかった。

 しかし、ここの学園長も普通ではなかった。半分は彼をからかうつもりだったのだろう。反応がなかったのを残念に思うも、すぐに気を取り直して改めてダンテに 向き直った。

 「ふむ。改めて言うが、遠路はるばるよく来てくれた。おぬしを歓迎するぞい」

 両手を広げ、歓迎の意を述べる学園長。これだけ見れば、新任の教師を迎える学園長の一幕に見えただろう。

 しかしそれは表向きの話であって、ダンテの本来の役割とは違う。あくまで彼らは依頼人と請負人の関係でしかない。それを分かっているからこそ、ダンテは 軽い口調ながらもすぐさま本題に入った。

 「それで?俺はいったい何をすればいいんだ、爺さん?」

 最初から乗り気ではなかったせいだろう。ダンテはあくまでビジネスライクに事を進めようとする。学園長は「性急じゃのう」とぼやくと、 机の引き出しからA4サイズの封筒を取り出し、彼に差し出した。

 「君は本日から夜の警備員として働くことになる。詳しいことはこの書類に明記しておるでな、時間がある時に読むといいじゃろ…………もちろん英語で書かれと るから心配しなくていいぞい」

 書類を読めと聞いた時に苦い顔をしたダンテの心情を見透かしたのか、学園長はそう言ってフォフォフォと笑った。どうやら、先ほどさんざん人外呼ばわりさ れたことを根に持っていたらしい。ここぞとばかりにからかってくる。

 「それと書類上でのことじゃが、表向きは英語教員としても働いてもらうぞい。大の大人が無職じゃとカッコつかんしのう」

 周囲への体裁を気にしての学園長の厚意。本来は非常にありがたい配慮であるのだが――――

 「待てよ爺さん。あんたには俺が日本語ペラペラのバイリンガルに見えるってのか?もしそう見えるってんなら耳鼻科に行くことをお勧めするね」

 トントンと自分のこめかみを右手の人差し指で叩きながら、ダンテは言った。まるで自分を教師としてここに置くなど正気の沙汰ではない、とでも言うかのよ うに。実際、そういう意味で言ったのだろう。彼には自分に教師など勤まるはずがないという確信があった。

 しかし、この場は学園長の方が一枚上手だったようで、飄々とした笑みを浮かべながら彼に告げた。

 「その点については心配ないぞい。言語翻訳魔法というものがあっての、読み書き以外ならバッチシじゃ」

 魔法は便利じゃのー、と言って学園長は笑った。もはや、ダンテが教師をすることは彼にとって確定事項らしい。

 ――この爺さん、タヌキだな――

 口では学園長に敵わない。そう悟ったダンテは心の中で悪態をつくと、溜め息と共に肩を竦めてみせた。どうやら説得は不可能と諦めたようだ。

 「……仕方ねぇな。仕事を受けた以上、教師でも何でもやってやるよ」

 ダンテが了承しながらもやれやれといった風にかぶりを振ると、では早速と言って学園長が言語翻訳魔法を唱える。淡い光がダンテを包み、そして大した時間もか からずに消えた。これで日本語も分かるようになるらしい。

 彼はいまだに半信半疑だったが、学園長の次の言葉に信じざるを得なくなる。

 「これで大丈夫のはずじゃ。ワシの言葉が分かるかの?」

 学園長が日本語でダンテに話しかける。すると不思議なもので、本来ならばただの言葉の羅列にしか聞こえないはずの学園長の日本語の意味が、ダンテの頭の 中で理解できてしまったのだ。さすがの彼もこれには軽く瞠目した。

 しかし、たとえ日本語を理解できたとしても、ダンテ自身が日本語を話すことができなければ意味がないのではないか、と彼は思った。会話が一方通行ではコ ミュニケーションを図ることはできないのだから。

 当然、その点について彼は学園長に訊ねた。

 「ヘイヘイ爺さん、まさかボケちまったか?あんたの言葉が分かっても、俺が話せなければ……」

 意味がない、とまで言おうとして、彼は口を閉ざした。

 ――待て……何で俺は日本語で話している?――

 そう、今のダンテはごく自然に日本語を話していた。生まれてこのかた日本語の『に』も知らなかった彼が、まるで以前から親しんできたかのように流暢な日 本語を話したのだ。これには彼も仰天するしかない。

 「言ったじゃろ。読み書き以外ならバッチシじゃと」

 学園長はこれ以上ない笑みを作る。例えるなら、悪戯の成功した子供の笑みといったところだろうか。ダンテの隣にいたタカミチも、これには控えめに笑う。

 学園長のさらなる仕返しにダンテはやられたと思いつつも、次の瞬間には称賛の言葉が口をついて出た。

 「ハッ、こりゃ凄いな。魔法ってヤツは便利なもんだ。これじゃ通訳も形無しだろうぜ」

 「じゃろう?」と学園長が言うと、三人は申し合わせたかのように笑うのだった。





前のページへ     戻る      次のページへ

top first profile blog novel bbs link mail