Prologue
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「麻帆良学園都市?」 ダンテが好物のオリーブ抜きのピザを口にしながら発したのは、そんな気の無い一言だった。 「ええ。日本の埼玉県に位置する巨大な学園都市。百年以上も前に、ヨーロッパの街並みを参考にして創設されたと言われてるわ」 古臭い机に腰掛けて話す妙齢の女性は、まるで世間話をするかのように語った。 二人が話している場所は、ダンテが仕事場と称している廃墟じみた建物『デビルメイクライ』の一室。アメリカのスラムに居を構えるその店は持ち主の性格が 良く出ているのか、非常に汚い。部屋の左隅にはビリヤード台、テレビ、ソファが。右隅にはジュークボックス、ドラム、ギターが乱雑と置かれている。壁には 骸骨や獣の頭部を模した不気味なオブジェが様々な大剣に磔にされており、仕事 場の体裁をとっていない。周囲の目に無頓着な彼らしい内装だった。 「日本?海の向こうの島国の話か?ハッ、らしくないぜレディ。世間話をするくらいだったら仕事の一つでも持って来な」 最後の一枚を食べ終えたダンテは、食後のデザートとばかりにその隣に置いてあったストロベリー・サンデーに手を伸ばす。しかし、あと少しで手が届くとい うところで妙齢の女性――――レディと呼ばれた女性にそれをかっさらわれてしまった。 「関係あるとしたら?」 「あん?」 レディの意味深長な一言に、ダンテは手を伸ばしたままで訝しげに彼女を見上げた。 「私があなたに持ってきた仕事……それに関係あるとしたら?」 どう?聞いてみる価値はあるでしょ?と、レディは意地悪く笑った。 ◇
レディは言う。麻帆良学園都市は表向きには学術都市だが、実は魔法使い達によって建設されたと言われており、一般人に紛れ暮らしているらしい。 「そいつは夢のある話だな。で、それが仕事と何の関係があるってんだ?」 机に肘をついたまま黙って聞いていたダンテは、椅子の背凭れに寄り掛かると肩を竦めた。 魔法使いが暮らす街があるというのには驚いたが、彼にとってはそれだけだ。そのことと仕事に何の関係があるのか、彼には分からなかった。 全く興味のなさそうな彼に、レディは告げる。 「何って、そこで教師をしてもらうのよ」 ――は?―― ダンテは、レディが言ったことの意味をすぐに理解することができなかった。 教師、先生、ティーチャー。呼称は様々あるが、意味はどれも『学問を教える人』の意である。言うまでもなく、彼は義務教育すら満足に受けていない。人 にものを教えることなどできるはずがないのだ。 「……レディ、その年でボケたか?それともジョークのつもりか?それなら悪いな、笑ってやれなくてよ」 「いいえ。私はボケてもいないし、ジョークを言ったわけでもないわ」 冗談だと思い皮肉気に言葉を返すも、予想に反するレディの真面目な表情に、ダンテは次の冗談を紡ぐはずの口を閉ざした。 彼女が言うには、日本には関東魔法協会と関西呪術協会の二つの組織があり、表向きは不干渉を貫いているものの、裏では関東魔法協会を快く思わない関西呪 術協会の過激派による妨害行為が時折行われているらしい。当然魔法使い達がこれを防いでいるわけだが、正直手が足りていないのが現状。そこで外部から助っ人 を呼ぶことになり、彼に白羽の矢が立ったというわけだ。 しかし、荒事を請け負うのは分かるが何故自分が教師でなくてはならないのか、彼には分からなかった。その気配を察した彼女が加えて補足する。 彼女曰く、麻帆良学園都市は学術都市であり、彼の能力を活かせられるような職種が元より少ない。また、スラムに比べて治安も悪くないため、デビルメイク ライのような荒事専門の何でも屋家業は必要とされていないのが現状である。 その中で、麻帆良学園都市で唯一彼の能力が生かせそうなのが英語というわけだ。彼の英語力なら麻帆良でも活かせるはずだと向こうは踏んだのである。 ――……まあ、話は分かったが―― 確かに、ダンテが便利屋以外の仕事をしているところなど想像できない。事務職――――机に向かって書類と格闘する柄ではない。営業――――誰かに頭を下 げるような男ではない。製造・技術――――専門の知識などあるわけがない。サービス業?愛想なんて地平の果てに投げ捨てている。 それらに比べて彼は子供自体は嫌いではないし、英語も十分にアドバンテージとなる。何よりも魔法使いの目に届くところにいた方が何かと不測の事態に対処しやす いのである。 とはいえ、彼はやはり乗り気ではなかった。極東の、しかも魔法使い同士のいざこざにどうして自分が巻き込まれなければならない のか。 「残念だが、そいつはお断りだね。悪魔ならともかく、魔法使い同士のケンカに付き合うなんてまっぴらごめんだ」 肩を竦めてかぶりを振ると、ダンテはR-18指定の雑誌を手に取って読み始めた。もうその話はここで終わりとばかりに。 しかし、そうは問屋が卸さなかった。レディは机から身を乗り出して雑誌を奪い取ると、意地悪い笑みを浮かべながら言った。 「あら、そう?じゃ、返してもらおうかしらね。今まで溜まりに溜まったツケを、全部ね」 「……おいレディ」 そう。ダンテとレディはただの仕事仲間ではない。『週休六日主義』を公言して憚らないほどズボラな性格の彼は、事あるごとに彼女から金を借りており、今 では一度に返せないほどに借金が膨れ上がってしまっていた。 雑誌をヒラヒラさせながら彼女は口角を持ち上げると、口を開く。 「あなたは依頼で麻帆良に行く。そしてその稼いだお金で借金を返す。別に悪くない話だと思うけど?」 レディのしたり顔に「どこがだ!」と言い返したくなったダンテだが、早々に諦めた。 おそらく向こうとは依頼については話がついているのだろう。これで自分が断りでもしたら、違約金の埋め合わせと称して彼女にどんな金額を請求されるか分 かったものではない。 思えばあの時、店に乗り込んできて残骸として残ったハンドルを突きつけられたのがケチのつき始めだった。あの時知らぬ存ぜぬを突き通していれば、今こう して借金塗れになることもなかっただろうに。 後悔先に立たず。あの時の自分呪いながら、彼はレディを見据えた。 「……退屈しのぎにはなるんだろうな?」 「さあ?あなた次第じゃない?」 すげなく返され、今度こそダンテは盛大に肩を竦めた。 彼の諦めきった態度で依頼の了承と受け取ったのだろう。レディは話が終わったとばかりに雑誌を机に投げ捨て、肩に掛けたカリーナ・アンをカチャカチャ鳴 らしながら 玄関の扉 まで歩いていく。その様子をぼんやりと眺めながら、彼は溜め息を吐いた。 今度の仕事は悪魔もいなければ、退屈凌ぎになるかも分からない。やることと言えば魔法使い同士の小競り合いに付き合うだけ。こんなくだらない仕事を受けなければ ならないとは、考えるだけ憂鬱になってくる。いくら最近は合い言葉無しの仕事にすらありつけないとはいえ、随分とヤキが回ったものだ。 刺激も面白みのない未来を思い、彼は椅子を傾け天を仰ぐ。 こうして、彼女の叩きつけた最終手段『借金返済要求』により、彼は強制的にこの仕事を受けざるを得なくなったのである。 しかし、この選択が彼の運命をガラリと変えてしまうとは、さすがの伝説の魔剣士の息子も予想だにしていなかった。 |
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